本研究が目指すもの - 到達目標
 学問分野を横断した公正社会研究を確立することを目指す本プログラムでは、グローバル公正社会を展望する国内外研究ネットワークを確立し、国際シンポジウムを連続的に開催、国内外の共同研究により日本語・英語における叢書や論文集を刊行することを目標とします。

 一方で、学生教育にもその成果を波及させ、高度専門職業人を育成します。政策形成や実務にも積極的に関わり、グローバル公正社会の構築を提言します。
法・政治・経済の諸側面から「新しい公正」の在り方を提言する

 本研究育成プログラムは,日本においてのみならず,グローバル社会において21世紀の喫緊の課題である「公正性」の回復に関する研究を,社会科学系複合学部としての法政経学部が持つ「強み」と「ミッションの再定義」に明記された公共学の学際的視点を積極的に活用しながら分野横断的に取り組み,新たに「公正社会研究」という学問的枠組みを確立することを目指す。
 20世紀後半,日本を含む欧米の先進国は,経済成長を前提に再分配国家として発達を遂げ,福祉国家体制のもとに一定の「平等」と社会的安定とを実現してきた。しかし,20世紀末以降,グローバル化と低成長時代の到来,脱工業化の進展,少子高齢化といったマクロな構造変化を経て,従来の福祉国家型の体制は再編を迫られている。

 本研究育成プログラムは,以上のようなグローバルに生じている「不公正」の問題に真っ向から取り組み,「21世紀の公正」というコンセプトのもとに,未来に向けていかに新しい「公正」の在り方が可能かを模索する。そこでは,従来それぞれの学問のなかで個別に取り扱われてきた「公正」をめぐる議論を融合し,複合的視点を持った新たな「公正研究」を確立する。
 なぜなら,従来の学問体系のもとでは,法学上の「公正」,経済的「公正」と倫理規範としての「公正」は,それぞれ異なる認識の上に研究業績が積み重ねられてきたが,現代社会における「公正」は法,経済,政治,倫理規範などそれぞれの範疇では単独で解決できないほど,複雑化して連関性を強く持っているからである。

特色と強み ―国内唯一の公共学研究拠点―

 千葉大学法政経学部は,従来より公共学研究に力点を置き,その研究蓄積により,国内唯一の公共学研究拠点として一定の評価を確立してきた。本研究育成プログラムは,その既存の公共学研究の蓄積を全面的に活かしつつ,

①一層学際的,分野横断的に研究領域を広げること,
②現実社会との相互交流をより進めて実践的学問を推進すること,
③海外の関連研究機関との研究交流を推進し,「公正社会研究」の国際的研究拠点を確立する方向で,さらに発展させる。

 この3つのベクトルの発展を支えるために,学問分野を横断した公正社会研究を確立することを目指す本プログラムでは、グローバル公正社会を展望する国内外研究ネットワークを確立し、国際シンポジウムを連続的に開催、国内外の共同研究により日本語・英語における叢書や論文集を刊行することを目標とします。
 一方で学生教育にもその成果を波及させ、高度専門職業人を育成します。政策形成や実務にも積極的に関わり、グローバル公正社会の構築を提言します。

b)そこに新たに「公正社会研究センター」を設置し,分野を超えた融合的な事業展開を可能とする。
c)その新センターを支える研究構成員は,研究分野に応じて4班に分かれ,それぞれの研究チームの間で研究成果を積み重ねていくとともに,
d)同じ研究構成員を成果発信と社会貢献の方法に応じて6部会に編成し,現実社会における実践の知見を研究にフィードバックする。
e)これらの4班と6部会を統括する監督母体として,各班の研究責任者からなる「統括班」を置く。

 これらの組織編成により,新設される公正社会研究センターにおいて,千葉大学の世界水準の研究を支えるスリー・ピークスの一翼を担う研究拠点の形成が可能となるであろう。

研究活動 - 計画を実現するための有機的関係
 思想,歴史,政策,グローバル・地域の4つの分析レベルに応じて4班を構成する。
4つの各研究班は,法学・政治学・経済学などの異なるディシプリンからなる研究者を擁すという,分野横断的,学際的構成をとり,各班内で1つの研究主題のもとに専門分野を超えた協働を試みる。
いわば,各班の研究体制が学問的アプローチを縦軸に,研究主題を横軸に組み合わせた形で,学際的なシナジーを生み出す構成となっている。

 各班は,それぞれの研究主題に関して,異なる学問的アプローチを用いて融合的に研究を推進する。
それぞれの研究成果は,個別に専門性の高い学術雑誌や個別の学問分野での学会での研究報告などで公開し,専門的な精緻度を高めるとともに,共同研究として学際的成果を積み上げ,シンポジウムやワークショップの形で学界のみならず官・財界にも広く発信する。

 さらに,各班間の研究交流も密接に行い,そこでは相互に欠落した視点を補いつつ「公正社会研究」としての1つのまとまりを持った学問を確立すべく,以下の図のような有機的な協働関係が維持される。

班の構成

公正規範実証班 ○川瀬(法学) 小林(政治学) 李(経済学)
歴史動態班 ○佐藤(政治学) 荻山(経済学) 米村(社会学)
法政策実証班 ○皆川(法学) ◎水島(政治学) 大石(経済学) 小川(社会学)
グローバル・地域班 ○石戸(経済学) 藤澤(法学) 五十嵐(政治学)

(◎は推進責任者、〇は責任者を表す)

法政策実証班

 20世紀におけるナショナル・システムとしての平等志向型福祉国家の展開・変容・限界を学際的に跡付けたうえで,21世紀の福祉国家における「公正」を軸とした政策とヴィジョンを具体的に提示することを目的とする。
 20世紀の先進諸国で最盛期を迎えた福祉国家は,平等の実現を目指した「再配分国家」でもあり,格差の是正に貢献してきた。しかし少子高齢化,脱工業化とIT化,家族形態の変化といった諸変化のもとで,従来型の福祉国家は再編を迫られている。
これに対して21世紀型の福祉国家は,ライフスタイルの変化や多様化を背景に,個人間の多様な志向を保障するワーク・ライフ・バランスを重視し,ケア提供を通じて各々の能力の開花を支える「サービス支援型」国家でもある。そこでは均質な社会における個人間の平等よりも,社会の多様性を前提にした個人間・集団間の「公正」が重要となるであろう。

 法政策実証班は上記の理解に基づき,福祉国家というナショナル・システムの構造変容と新たな方向について,法学・政治学・経済学,特に社会法学・福祉政治学・労働経済学のそれぞれの知見を活かして分析する。
近年では,グローバル化による人の移動,特にケア労働者の国際移動の増加などにより,一国単位の福祉国家の前提が揺らいでいる。それゆえ,労働力移動の自由を保障したEUを検討することで,アジアや日本における福祉国家の持続可能性に対する重要な知見を探りたい。

 これらの構造変容を,皆川が労働法,水島が福祉政治,大石が労働経済学、小川が社会学・移民研究の立場から学際的・総合的に検討し,国内外の研究機関と協力しつつ,そこに通底する理念を分析・検討する。特に従来から協力関係にある九州大学・国立台湾大学・ソウル国立大学などの研究者を招へいし,労働の変化と公正をめぐる国際シンポジウムを開催するなど,グローバルな研究ネットワークを強化する。以上の学際的・国際的な研究活動を通じ,21世紀における「公正」の内実を具体的に導き出していくことが可能となろう。

歴史動態班

  政治史,経済史,法制史を専攻する研究者が,グローバル世界における「平等」理念の比較史的特質を析出し,「平等から公正へ」という「未来型公正」へとつながる歴史的背景を検証することを目的とする。
班を構成する佐藤,荻山,米村が専門とする明治以降現代に至る日本の事例を検証の土台とする。日本における「平等」理念史に関する従来の解釈は以下の通りである。すなわち,
①自由民権運動を中心に白熱した政治論議がなされた明治時代には「平等」論議も盛んであり,これを受けて
②大正時代には社会権思想など今日に繋がる「平等」論議の原型が出揃い,
③そういった「平等」論議流行の背景には,経済が発展すればするほど格差が拡大するという状況があった。

 これに対して歴史動態班は,上記の理解を以下のように修正することを試みる。すなわち,
①明治は「自由」(参政権)の時代ではあったが,「平等」は大きな政治的・法的イシューではなかった。政治社会全体が均質化を志向していた上に,均質化され得ない部分は注意深く政治社会から隔離されていたからである。
②大正から昭和戦前期にかけての政治社会は,画一主義VS反画一主義という対抗軸で一貫して推移している。今日に繋がるような経済的「平等」VS経済的「自由」の対抗軸は確かに存在したが,プリンシプルではない。
③上記の②のような状態が保たれたのは,小農中心の農業社会と順調な概ね経済発展とによって,国民の生活水準が漸増し,所得の再配分が期せずして働いたからである。

 歴史動態班では,佐藤が政治史、荻山が経済史、米村が家族社会学の立場から、上記の課題を検討していく。新規メンバーとして加入した米村は、格差研究について分厚い蓄積を有する社会学を専門としている。公正をめぐる国と地域の対立がどのような問題を生んでいるのか、政治学、経済学、社会学、それぞれの専門領域からの分析を踏まえつつ、分野横断的な知見の獲得に挑む。

公正規範実証班

 本研究全体の基盤をなす原則的指針を,哲学・思想・規範の分野の研究者によって提起することを目的とする。「公正」は古代から法哲学・政治哲学の根本的な問題であるが,それが「21世紀」において,どのような変容を迫られるのかを追究する。
 まず公共研究として思想的研究と実証研究とを統合し,今日の正義論や幸福論の成果を踏まえて21世紀の公正の問題を問い直す。様ざまな正義論から公正についての考え方を思想的に整理した上で,実証的データを検討して,21世紀に目指すべき公正のあり方を考察する。幸福研究によれば,経済的・社会的格差が大きく拡大すると人びとの幸福が減少することが実証されている。そこで公共思想班では,ソーシャル・クオリティなどの実証研究を踏まえて,人間心理のミクロな考察とマクロな社会科学的考察とを統合して公正についての公共研究を発展させる。

 本研究では、小林と李がマイアミ大学のプリレルテンスキー(コミュニティ心理学)とすでにネットワークを築いており、理論・実証面を強化するためにマイケル・サンデル(ハーバード大学、政治哲学)と連携し、幸福研究やポジティヴ心理学については、マーティン・セリグマンやジェームズ・ポウェルスキ(ペンシルバニア大学ポジティヴ心理学センター)、ペギー・カーン(メルボルン大学)、ヴェロニカ・フタ(オタワ大学)、キム・キャメロン(ミシガン大学)と国際共同研究を行い、実証調査を軸とした国際的なネットワークの拡大に取り組む。新しい科学技術と公正感覚の研究については、 川瀬がすでにクリストフ・リュトゲ(ミュンヘン工科大学)と築いているネットワークを中心に、ウゴ・パガロ(トリノ大学)らとのネットワークを拡大強化して国際的な研究を推進する。

グローバル・地域班

グローバル・レベルおよび地域レベルでいかにして21世紀型の「公正社会」を実現すべきかについて実証的な研究を進め,政策直結的な成果の提示を目指す。
 経済的相互依存の高まりを通じた先進国と途上国との経済格差(「南北問題」)を背景として,1980年代から地域統合の動きがグローバルに拡大している。こうした地域統合は,WTOが牽引する経済のグローバル化を下支えする機能を果たしており,多角的な自由貿易体制の確立を通じて経済の厚生水準をおしなべて高めることが求められている。ところが,現行の地域統合では,格差や公正に関わる制度設計が等閑にされ,公正の実現や格差の是正につながっているとは言い難く,地域内での国家間格差,国内格差,さらには中央‐地方間格差を拡大させることが懸念さえされている。

 グローバル・地域班では,経済のグローバル化を背景とした地域統合における多様な政策(空間)領域と多様な主体の関わりに着目しながら,格差の是正と公正の実現に向けた地域・中央・地方間の新たな関係とそこでの多様な主体間のパートナーシップの在りようを検証する。特に,アジアと欧州を相互参照事例として比較の視点でとらえ,「21世紀型グローバル公正社会」に資する新たな地域秩序の実現に関わる施策を模索する。
 本班では,石戸が国際経済の視点から,東南アジアと西欧における経済統合を分析し,同じ東南アジアに関して五十嵐が国際政治,特に市民社会アクターの役割を分析する。そうした政治経済的な地域統合ネットワークの実態を,藤澤が国際法との連関性のなかで分析する。

実践 - 研究成果の発信と社会還元のための仕組み

 政治・経済・社会に細分化された格差や平等に関わる従来の研究を止揚しつつ,「公正」という概念から21世紀社会のあるべき姿を学際的に研究し,その成果をアウトリーチ活動を通じて広く社会に還元・発信することで,千葉大学における専門的な学術研究の有用性を国内のみならず海外にも広く世に知らしめることを目指す。

 4班体制が学術研究的研究育成機能を担うのに対し,教育実践的機能を担うのが,次に挙げる6部会体制である。各部会は,研究成果の社会還元・政策提言に当たっては,各教員等の持つ学内外の人脈を最大限活用し,働きかける対象・時期に見合った柔軟かつ機動的な出動態勢が可能となるよう設置される。
 代表の下に6部会を設置し,各部会に1人の責任者を置く。代表および責任者以外の教員は,自らの研究班の所属に拘らず,代表が適当と認める場合には随時,その指示に従い,いずれかの部会に出向する。各部会の主たる役割と機能は以下の通りである(括弧内は各部会の中心的人物を表す)。

6部会体制

メディア部会(水島) メディアへの成果の発信
アウトリーチ部会(皆川) 一般社会向けの教育活動(公開講座の開催)
政策部会(大石) 政策官庁や経済団体などに向けたヴィジョン提示と政策提言
教育部会(小林) 学生や市民社会への研究成果の還元(独自プログラムの設置)
学術部会(佐藤) 専門家向けの研究広報活動(叢書,学術ジャーナルの編纂刊行)
国際部会(石戸) サブ拠点(バンコク)の設置と海外研究者との研究協力体制の構築
(国際学会への積極的パネル提案,国際シンポジウムの開催)

 メディア部会はメディア界・経済界との連携を、アウトリーチ部会は一般市民向けの講座を、政策部会は官庁や自治体に対する提言を行います。教育部会は授業やカリキュラムへの還元を図り、学術部会は書籍・ジャーナル刊行を通じて社会発信を担い、グローバル推進部会では、国際シンポジウムの企画など国際的な研究の展開を進める。

 これらの部会,班は相互に垣根を超えて常に密接な相互交流を持ち,共同研究を軸に新たな研究視点の開発に努める。この絶え間ない学際的交流,協働によって,真に現実社会に密着した問題解決型の学問分野である「公正社会研究」を確立することが可能となる。