領域代表からのご挨拶

領域代表からのメッセージ(2020. April. 7)

新型コロナウイルス(covid-19)の感染拡大を受けて
「グローバル関係学」的観点からの参考文献

新型コロナウイルス(covid-19)の世界的感染拡大が、深刻な事態となっています。グテーレス国連事務総長が、「第二次世界大戦以来の危機」と述べているように、これこそがまさに「グローバルな危機」に他なりません。縦横無尽の関係性の網に乗ってグローバルに拡大するウイルスに対して、国家主体の壁を厚くすることで対抗しようとする今の世界のありようは、21世紀的な関係中心の世界の在り方と、20世紀的な国家主体中心の世界の在り方との、壮絶な戦いのように見えます。
本「グローバル関係学」プロジェクトでは、新型コロナウイルス(covid-19)の世界的感染拡大をどう考えるか、生命科学分野以外の、人文社会科学を中心とした幅広い分野で、広く思考を深め、議論を展開していくべきと考えます。
その一助として、本領域で研究を進める研究代表者、代表者、公募研究者が、それぞれの専門分野における「読むと役に立つ」と考える関連論文や情報ソースを紹介していきます(随時更新していきます。)

(()内は、紹介者の名前・計画研究/公募研究の別を示す)

1. 現在の新型コロナウイルス(covid-19)の世界的感染拡大について

(1) 感染の現状報告とデータ分析

・新型コロナウイルス(covid-19)については、最高の国際的評価を得ている医学誌LANCETが数々の論文を矢継ぎ早に公開しているが、なかでも、The Lancet Planetary Health https://www.thelancet.com/lanplh/about には、社会科学分野にも参考になる数多くの論文、報告が行われている。
Planetary Healthとは、ロックフェラー財団と科学雑誌ネイチャーが2015年にうちだしたコンセプト。その前も存在はしていた。人類の繁栄を限界づける地球環境に対して多大な影響を及ぼしている人間の政治経済、社会システムに対して真摯に向き合い、文明化された人の健康と地球環境の密接な状態の関係に注目することを通して、健康、福祉の増進と公平な社会を目指すものである。(清野薫子<公募研究>)
そこには、Faheem Ahmed, Na'eem Ahmed, Christopher Pissarides, Joseph Stiglitz, "Why inequality could spread COVID-19" https://www.thelancet.com/journals/lanpub/article/PIIS2468-2667(20)30085-2/fulltext のように、著名な経済学者が寄せた論評の他、難民への影響などに関する指摘なども読める。(酒井啓子<領域代表>)

・経済的影響として、IMFが新型コロナウイルスの経済的影響を各国についてまとめている。https://www.imf.org/en/Topics/imf-and-covid19/Policy-Responses-to-COVID-19(酒井<領域代表>)

・感染経路など (水野貴之<公募研究>)

Moritz U. G. Kraemer, et.al. "The effect of human mobility and control measures on the COVID-19 epidemic in China". Science, eaba9757, 2020. DOI: 10.1126/science.abb4218 https://science.sciencemag.org/content/early/2020/03/25/science.abb4218?intcmp=trendmd-sci
武漢からの人の流れで、中国の各都市へのコロナウィルスの流入が予測できることを示した論文。移動制限は効果的であることを示した。

移動のネットワークは、各エリアの将来及び潜在的な感染者数の推定に重要であり、Jin Wu, Weiyi Cai, Derek Watkins and James Glanz. "How the Virus Got Out". The New York Times, March 22, 2020. https://www.nytimes.com/interactive/2020/03/22/world/coronavirus-spread.html は、中国の検索エンジン「百度」Baiduが数百万件の携帯データから可視化した武漢からの人の移動をもとに分析した論文。

その他、プライバシーを重視するアメリカやフランスでも利用が検討されていることが報じられた記事として、The Wall Street Journal. "Americans Favor Aggressive Coronavirus Measures, Poll Finds". March 31, 2020. https://www.wsj.com/articles/americans-favor-aggressive-coronavirus-measures-poll-finds-11585687911Découvrir le Journal. ”La France réfléchit à la géolocalisation pour combattre le coronavirus”. March 31, 2020. https://www.la-croix.com/France/France-reflechit-geolocalisation-combattre-coronavirus-2020-03-31-1201087141
台湾,韓国,シンガポールでも,一部匿名化を施した上で使われており、イスラエルも30日間限定で利用している。

Marius Gilbert, et. al. "Preparedness and vulnerability of African countries against importations of COVID-19: a modelling study". The Lancet 395(10227), pp.871-877, 2020 https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0140673620304116 中国との移動経路の多いアフリカ諸国の,特に医療が脆弱な,ナイジェリア、エチオピア、スーダン、アンゴラ、タンザニア、ガーナ、ケニアについて,コロナパンデミックのリスクを指摘している論文。 (水野<公募研究>)

(2) 各分野知識人の論考

Jared Diamond and Nathan Wolfe "How we can stop the next new virus", Washington Post, March 16, 2020 https://www.washingtonpost.com/opinions/2020/03/16/how-we-can-stop-next-new-virus/ UCLAの進化生物学・生物地理学教授のジャレド・ダイアモンド(Jared Diamond)は、「銃・病原菌・鉄」 (2010、草思社)の著者。同著作は、生物学・考古学・人類学の観点から、感染症がどのように進化し人間社会に影響を与えたかについて考察。人間にかかる伝染病は、動物に感染した病原菌の突然変異種であると推察している。そして人間だけがかかる集団感染症は、人類全体の人口が増加し、人びとが寄り集まって集団を形成して暮らすようになった時点で出現したと主張する。この著作の「病原菌」部分が新型コロナウイルスの世界的な拡大に大きく参考になるため、同氏はメディアでコロナ関連でも注目されている(たとえばhttps://courrier.jp/news/archives/195458/、 https://www.dw.com/en/coronavirus-china-and-responsible-action/a-52954686)。(石戸光<計画研究A02>)

Jacques Attali (2020) Coronavirus : "Commencer à parler du déconfinement est une plaisanterie du 1er avril" pour Attali Published online: 2 April 2020  https://www.francetvinfo.fr/sante/maladie/coronavirus/coronavirus-commencer-a-parler-du-deconfinementest-une-plaisanterie-du-1er-avril-pour-attali_3896213.html 世界的に影響力を有するアルジェリア出身・フランス在住の著名な経済学者ジャック・アタリ(Jacques Attali)の記事で、同氏は新型コロナウイルス関連の現状について、現在感染拡大が続くフランスでは、病院に十分なサポートがなされていないと指摘。また「健康は世界での最初の産業であるべきだ」と嘆いている。この危機が過ぎ去ってまた人々が忘れていくのを避けるには、もっと公平で役に立つ新しい開発モデルを作り出し、「利他的で共感的な社会」を提唱すべきと主張している。彼はこの危機を、「衛生、安全、健康、食品、文化など、より多くの生活産業に資金を提供する必要があることを認識する機会」と認識している。(石戸光<計画研究A02>)

Yuval Noah Harari, "Yuval Noah Harari: the world after coronavirus", Financial Times, MARCH 20 2020, https://www.ft.com/content/19d90308-6858-11ea-a3c9-1fe6fedcca75 イスラエルの哲学者、ユヴァル・ノア・ハラリの論考。新型コロナウイルス後の社会はこれまでと一変するとし、「われわれは全体主義的監視体制か市民のエンパワメントかの二択、そしてナショナリスト的孤立かグローバルな連帯かの二択に迫られている」と指摘する。(酒井<領域代表>)

Ian Buruma, "The Virus of Fear", Project Syndicate, Mar 6, 2020 https://www.project-syndicate.org/commentary/coronavirus-fear-increases-violence-potential-by-ian-buruma-2020-03 日本研究者で「近代日本の誕生」などの著書のあるイアン・ブルマの論考。偏見、ヘイト、排斥主義などの蔓延に対して警告。(酒井<領域代表>)

Giorgio Shani "Securitizing 'Bare Life'? Human Security and Coronavirus,"Apr. 3, https://www.e-ir.info/2020/04/03/securitizing-bare-life-human-security-and-coronavirus/ 国際基督教大学の教授、ジョルジオ・シャーニー氏の論考は、国家が守る「生」が特定の階級、特定の人種、ジェンダーに限定されることを指摘し、そこでイタリアの大哲学者ジョルジオ・アガンベンの「剥き出しの生」概念を浮き上がらせる。アガンベン自身も、新型コロナウイルスを取り巻く社会状況について、積極的な発信を行っている。https://www.quodlibet.it/giorgio-agamben-contagio (酒井<領域代表>)

Bruno Latour, "Is This a Dress Rehearsal?" Critical Inquiry, Mar. 26, https://critinq.wordpress.com/2020/03/26/is-this-a-dress-rehearsal/ フランスの科学哲学者ブルーノ・ラトゥールもまた、自身のツイッターでさまざまなコメントをしている(https://twitter.com/BrunoLatourAIME)。そこでは、「新型コロナウイルスはアクターネットワーク理論の好例」と強調している。(酒井<領域代表>)

Jan Oberg. "The Corona - An opportunity to replace militarist security with common and human security. Part 1", The National, Apr.2, 2020 https://transnational.live/2020/04/02/the-corona-an-opportunity-to-replace-militarist-security-with-common-and-human-security-part-1/ 日本のメジャーなメディアでは殆ど出てこないコロナをめぐる視点を提供している。(石田憲<計画研究B03>)

Sonia Shah, The Critics on PANDEMIC http://soniashah.com/the-critics-on-pandemic/ ソニア・シャーは2017年ロサンゼルスタイムズ本大賞の候補作となった「Pandemic」の著者。感染症関係で一番刺激的な議論をしている一人。(森千香子<計画研究B01>)

2. 過去の感染症に関するデータ、論考

(1) 過去の感染症についてのデータ分析(水野<公募研究>)

Dirk Brockmann, Dirk Helbing. "The Hidden Geometry of Complex, Network-Driven Contagion Phenomena". Science 342(6164), pp.1337-1342, 2013. DOI: 10.1126/science.1245200 https://science.sciencemag.org/content/342/6164/1337.figures-only スイス連邦工科大学チューリッヒ校のDirk HelbingのH1N1やSARSの拡散に関するサイエンス誌の論文。ウイルスの到達時間は,移動ネットワークの経路長で予測できる。Fig.2のDの図で横軸は「感染源からの移動時間/移動量に依存する値」、縦軸は「ウイルスの到着時間」。感染拡大を防ぐには人々の移動のネットワーク構造をリアルタイムに知ることが重要なことを示している。

Ajelli et al. "Comparing large-scale computational approaches to epidemic modeling: Agent-based versus structured meta population models", BMC Infectious Diseases, 2010 10:190 doi:10.1186/1471-2334-10-190 https://bmcinfectdis.biomedcentral.com/articles/10.1186/1471-2334-10-190 移動ネットワーク(航空網や電車網や車の移動,地域の移動)を使ってエージェントベースモデルでH1N1の拡散予測ができるという論文(対象地域はイタリア)。

T. C. Germann, et al., "Mitigation strategies for pandemic influenza in the United States" PNAS 103 (15), 5935-5940, 2006 https://www.pnas.org/content/103/15/5935.abstract H1N1の拡散を移動ネットワークを使ってシミュレーションし、学校閉鎖など社会的な距離を取る戦略で、少しはピークを後ろにずらせる(ただし,全体の感染者数は変わらない)ことを示している論文(対象地域はアメリカ)。

(2) 感染症に関する歴史、国際政治、文化人類学系の論文

<歴史>

日本で過去の感染症関連の書籍を紹介したものとして、藤原辰史氏のまとめが便利 https://www.iwanamishinsho80.com/post/pandemic。そこでも触れられているが、今回の新型コロナウイルス感染拡大で頻繁に参照されるのが1918年に発生したいわゆる「スペイン風邪(インフルエンザ)である。それについては、2010年の Public Health Report 125巻 (Supplement 3) https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/issues/186745/ が特集を組んでいる。(酒井<領域代表>)

マイク・デイヴィス (2006)『感染爆発―鳥インフルエンザの脅威―』柴田裕之・斉藤 隆央 訳、紀伊國屋書店。人類の社会の発展がウイルスの拡散を容易にしたことを指摘する。特に、大規模な家畜の市域、移動の高速化、巨大都市やスラムの拡散が、ウイルスの拡散スピードを加速させたと指摘する。パンデミックに関するアクターを網羅的に叙述しており、世界が感染症に対してどう反応するかの全体像が読み取れる(岡野英之<公募研究>)。

John Iliffe (2006) A History of The African AIDS Epidemic, Ohio University Press, James Currey, and Double Storey. HIVは発見される前からアフリカで広がっていた。その広がりの軌跡を、社会や経済の流れと関連して叙述している。ウイルスの感染拡大が、社会の在り方によって異なることがわかる(岡野<公募研究>)。

Omar Dewachi (2017) Ungovernable Life: mandatory medicine and statecraft in Iraq, Stanford イラクで医療体制の近代化、確立が、いかに国家建設事業の中核として確立されてきたかを論じる。英の植民地政策として導入されたイラクの近代医療システムはイギリスでの医療関係者の生産を前提として成立したのにはじまり、その後そのシステムがいかに維持されたか、挑戦されたか、そして湾岸戦争、経済制裁、イラク戦争などによってイラクでの国家管理医療体制が崩壊したことから、海外の民間医療機関に遺族せざるを得なくなり、国家事業の根幹たるべき医療がトランスナショナルなものへと転換されていくことを指摘(酒井<領域代表>)。

Philip D. Curtin (1998) Disease and Empire: The Health of European Troops in the Conquest Africa, Cambridge University Press. ヨーロッパがアフリカを植民地化するプロセスは、医療の発展とパラレルであったことを指摘する。植民地化は人類が感染症に打ち勝ってきたことによって可能となったプロセスであることが読み取れる(岡野<公募研究>)。

<人類学的研究>

P. Wenzel Geissler (ed.) (2015) Para-States and Medical Science: Making African Global Health, Duke University Press. 医療は国家と切り離せない関係にある。ただし、アフリカの国々では医療体制が十分ではない。その結果、多くの支援機関が入る。しかしながら、支援機関はそれぞれの予算・それぞれの目的で動いている。ゆえに途上国の国内では医療制度は統一されずに、バラバラとなってしまう。医療主体は、医療の分野において国家のように権力を行使するものの、それは先進国のように統一したものではない。そうした国家権力を行使するようで、国家ではない医療主体を筆者は「para-state」と呼んだ。本書はPara-stateを分析概念として、アフリカの各国の医療状況を人類学的調査に基づいて記述している(岡野<公募研究>)。

<国際政治>

国際政治と感染症の関連については、David P. Fidlerインディアナ大法学部教授 https://www.law.indiana.edu/about/people/bio.php?name=fidler-david-p が多くの著作を執筆している。特に、"The Return of "Microbialpolitik"", Foreign Policy, NOVEMBER 20, 2009 https://foreignpolicy.com/2009/11/20/the-return-of-microbialpolitik/ が参考になる。

Adam Kamradt-Scott and Colin McInnes (2012), "The securitization of pandemic influenza: framing, security and public policy", Global Public Health, 7:sup2, S95-110 感染症が安全保障化によって対策が進む場合と進まない場合があることを、過去の事例をもとに分析。20世紀末から21世紀初めの感染症拡大においては安全保障化が成功した例だが、安全保障化は国家優先の隔離政策には効果があるが、世界大の公共衛生政策の推進には効果がない。

Gitte du Plessis (2018) When pathogens determine the territory: Toward a concept of non-human border, European Journal of International Relations, vol.24 (2) 391-413 国家が統治する境界と細菌の作る境界の一致とズレを論じる。そのうえで、国家は細菌を国家主権に挑戦するものとみなして隔離し撤退的な力で撲滅する方法をとろうとするが、それは間違いであり、国家が細菌の作る境界をコントロールできるものではないと指摘。森林伐採によって人と細菌の境界が近くなり、感染症を媒介する虫や動物ではなく人間に直接感染するようになった。アマゾン地域の例を引いて、「非・人間」のアクターを含めたエコロジカルな文脈のなかで感染症対策が取られるべきと指摘。

Gitte du Plessis (2017) War machines par excellence: The discrepancy between threat and control in the weaponization of infectious agents, Critical Studies on Security, Special issue on "Becoming Weapon." Published online: 29 May 2017 2001年米同時多発テロ事件後に発生した炭そ菌テロを含め、さまざまな生物兵器開発問題の事例を取り上げつつ、細菌の兵器化=細菌の国家による統治可能性について、(動物などに比較して)統治不可能なものと論じる。理論的背景には、「非・人間」要素をもアクターとみなすnon-human Turnの議論と、ドゥルーズ・ガタリの「戦争機械」概念を置く。

Omar Dewachi (2020) "From the Archive: Iraqibacter and the Pathologies of Intervention", MERIP, 03.9 イラク戦争後のイラクに駐留した米軍の間で、イラク菌と呼ばれる菌の感染が発見されたことを指摘。イラク人の「傷」が媒介する感染症には、イラクの長年の軍事化、感染症対策の崩壊、けが人のトランスナショナルな移動、抗生剤の無計画な使用や劣化した薬品の拡大、そして自然環境条件の変化などが複合的な要因として影響していると主張する(以上、酒井<領域代表>)。

Roemer-Mahler, Anne and Simon Rushton (2016) "Introduction: Ebola and International Relations," Third World Quarterly, 37:3, 373-379. 西アフリカでエボラ出血熱が流行した時の国際関係の状況を多角的に論じている特集号。感染症の安全保障化、WHOの機能不全、薬剤会社の治療薬開発競争、リベリアで展開していた平和維持部隊の対応などが含まれている(岡野<公募研究>)。