「グローバル関係学」とは

<何故今、「グローバル関係学」が必要なのか>

 21世紀に入り、グローバル化の進行によって、国家や地理的に規定された従来の地域を超えて共通・連動する諸問題が増えている。その連鎖には、狭い地域でのローカルな問題として出現しながら、イシューによって世界大に拡散する傾向さえ見える。2014年6月以降、「イスラーム国(IS)」がシリア、イラクから域内各地に勢力を拡大したこと、2015年にはその攻撃対象が欧米に拡大したことなどは、過激武闘思想や非国家ネットワークのグローバルな広がりの一例である。またシリア内戦の結果、数百万人の難民が欧州へと流入し、国際社会での移民、難民の救済と多文化共生社会の確立が人道的に喫緊の課題となる反面、移民への排斥運動も出現している。自然災害、感染症など地球環境にかかわる諸問題もまた、国内の貧困や不公正といった問題に密接に関連しているが、こうしたグローバルな課題は一国ないし一部の国家群で対処できる問題ではなく、全地球的に取り組むべき事象である。
 こうした紛争や緊張関係、およびその背景にある社会的・政治的不公正や差別などの現代的諸問題が示すのは、20世紀までの主権国家とそれを軸とした国際社会という近代社会科学的「常識」が崩壊し、社会の安定と発展を確保してきた諸制度が機能不全に陥っているという危機的な事実である。
 だが、「新しい危機」のいずれの事象についても、それらを分野横断的な包括的視座をもって総合的に分析した論考は、いまだ存在しない。ましてや、そうした課題に対する学術と実務の協働関係が確立されているとはいえない。
 本領域研究が目的とするのは、こうしたローカル・レベルからグローバル・レベルまでのさまざまな規模、レベルの主体間の関係が、情報や思想、モノやカネ、人の移動のグローバル化などによって常に変動し、相互に影響しあうことを踏まえ、社会科学および地域研究を軸とした、分野横断的かつ実践的研究の新たなパラダイムとしての「グローバル関係学」を構築することである。現代のグローバル社会を読み解くには、主体そのものを分析の対象とするだけではなく、主体内部の関係性や、さまざまなレベル、規模の主体が相互に関係しあう、その関係性の変化と相互連関性を見ていくことが、必要だからである。
 つまり、「新しい危機」とみなしうる「人類全体が直面する現代的諸問題」に対する問題解決型の応用科学として、「関係性中心の人文社会科学の融合」を実践し、眼前の危機に対して学問の総知を結集して取り組むこと――。それが、本新領域「グローバル関係学」の目的である。

<これまでの学術の限界を超えて>
 現代のグローバル社会での紛争や対立関係、その結果必要とされる社会復興や国家建設などについては、紛争解決・平和構築学や移民・難民研究がある。既存の紛争学に、紛争の背景となるローカルコンテキストについて現地社会の視点を強く反映させるためには、地域研究の視点を取り込むことが、一層実態に合致した紛争解決の解明に必要だろう。
 一方で、地域研究や比較研究の多くは、研究対象となる主体の内部の本質を分析することに力点を置きがちであった。しかし、「新しい危機」の背景にある諸事象の多くは、主体の本質的要因というより主体を取り巻く関係性とその変化によって生じたものである。
 さらに関係性を扱う学問としては、国際関係論がある。国際関係論の基本は国家間関係であるが、グローバル秩序が溶解しつつある現在、国家主体の優位性を自明とすることはできない。そのため、さまざまなレベルの主体の間の関係性を包括的に捉える必要がある。
 本新領域「グローバル関係学」は、地域研究や国際関係論を含めた既存の人文社会科学の限界を克服しつつ、国際政治経済の動態とその複雑な相互連関性をより適切にとらえるための試みであり、新しい学問的アプローチの創造へとつなげる。

<日本の研究者が「グローバル関係学」に取り組む意義>
 欧米における地域研究は、国家を対象とした一種の「敵国研究」として発展したため、理論中心の社会科学との親和性について長らく論戦が行われてきた。また、社会科学と人文科学の乖離が融合的研究体制の確立の障害となり、十分な解決方法を生み出してこなかった。歴史学など人文科学の分野で問題の根源を問う研究がなされながら、それが政策に反映されず深刻な悲劇をもたらしてきたことは、イラク戦争および戦後復興の失敗をみれば、よくわかるだろう。
 他方で、日本の地域研究はマルチディシプリナリーな学問であり、広義の地域研究が社会科学と人文科学、ひいては自然科学をも含んだ、融合的学問として発展してきた。その意味で、言語、歴史への深い理解を前提とした現地密着型研究の日本の地域研究は、欧米型の外国事情研究・敵国研究とは一線を画した、わが国の人文社会科学の大きな「強み」である。地域研究をベースにした本新領域研究は、柔軟な視座で現在の国際情勢の諸現象を分析する上で優位性を持ち、欧米主導の社会科学の現状に風穴を開ける可能性を孕むだろう。

<「グローバル関係学」が目指すもの>
 本新領域の成果は、究極的には、あらゆる人知を総合して、共同体とその社会的結合――グローバルであれローカルであれ――の崩壊・喪失によって発生する地域的・世界的混乱の原因を解明し、その解決ののちは、その共同体の構築・再生の新たなあり方を、将来に向けて提示することにつながる。
 国際社会のさまざまな地域が抱える危機的状況に対して、それに関わる地域社会から国家、国際社会に至るまでのさまざまな主体がいかに関与していくべきか――たとえば、特定の紛争で生じた権力の空白地に生じた非国家ネットワークに対して、国家主体がどう対応すべきかという「介入/保護する責任」や国際協力の問題――、その方向性を提示することにもなろう。同時に、再生された社会がいかに複雑な関係性のなかで自立性を確立できるか――たとえば、難民コミュニティがホスト国との緊張関係を回避し社会経済的な安定を獲得するにはどうするかなど、エンパワーメントや社会的公正の問題――、そのために必要なシステムの確立にも寄与することができるだろう。
 本領域研究が提供する「グローバル関係学」という新たな学術的パラダイムは、紛争などの表面上の危機に対処するのみにとどまらず、差別や不公正などを含めたあらゆる社会的緊張をも扱うことで、従来の紛争研究の対症療法的性質を克服し、欧米的世界観に拠らない公正な世界の実現を念頭においた、根源的かつ包括的な取り組みを生む。
 それは、国際社会の安定と共存のために、学術的に裏付けされた指針と提言を発信する体制を築き上げる土台となり、「新たな世界」の構築に資するものであるだろう。