代表者からのメッセージ

SUECHIKA Kota  本研究計画が注目する国家破綻と紛争は、その発生や危機に直面する当事国だけでなく、世界全体にとっての大きな問題となっています。例えば、2003年のイラク戦争と2011年からのシリア紛争は、両国を「破綻国家」の淵へと追いやりましたが、その結果として生じた「テロリスト」や難民は世界の各国に安全保障、財政、国民統合などの面での課題を突きつけています。本研究計画は、紛争や内戦などの結果として起こる国家破綻の実態、そして、そこで生まれる非国家主体の越境的な動きやネットワークの実態解明を目指します。

 紛争や内戦によって起こる国家破綻が周辺諸国や国際社会にとっての問題となるのは、今に始まったことではありません。しかし他方で、国家破綻が生み出す諸問題の解決に向けた取り組みは、当事国が喪失した「国家性」を回復することに主眼を置いてきました。つまり、国家破綻はあくまでも当事国の問題であり、統治に必要な権威、制度、象徴を回復することで、その国を元通りのあるべき「ひな型」に戻す、というのが基本的な考え方でした。

 ところが、今日の世界で起きている国家破綻は、元々存在していた国としての「ひな形」そのものが崩壊するような深刻な様相を呈しています。そこに生じた非国家主体は「ひな形」の内側での権力闘争に必ずしも関心を持たず、まったく別の「ひな形」を構想したり、隣国や遠隔地で活動する「仲間たち」とネットワークを築いたりしながら、その国家を融解させるだけでなく、地域のあり方や国際政治の権力構造に挑戦しています。

 本研究計画が重点的にその実態解明に取り組むイラク、シリア、レバノン、イエメン、ソマリア、旧ユーゴスラヴィア諸国などは、こうしたいわば「新しい国家破綻」、ないしはその危険性を象徴する諸国です。それぞれの国で起こっていることを地域研究の手法でミクロ・レベルからすくい上げると同時に、社会科学に基いた同一デザイン調査、国家間比較、地域横断的なパースペクティヴを通して、21世紀の世界が直面する「新しい国家破綻」の実態とその分析のための総合的な方法論の創生を目指していきます。

末近浩太(すえちかこうた) 計画研究B02代表者