本研究計画での国家と制度の研究は、比較歴史分析（comparative-historical analysis）、すなわち具体的な事例や問題を、個別具体的な歴史的文脈の中で分析的かつ比較の視座に基づき検証するという方法論の点で、広義の地域研究と重なる部分をもつものですが、中東地域研究、南アジア地域研究、東南アジア地域研究など、一定地域の個別性を強調する地域研究的姿勢はとらず、あくまでも地域横断的な比較分析を共同研究として達成することを第一義的な目標に掲げています（比較歴史分析については、Mahoney and Thelen [2015] 等を参照）。

　この目的のために、比較歴史分析に加え、接近法として新制度論（とりわけPeter Hall, Paul Pierson 等の政治学的新制度論と、Ronald Jepperson 他の社会学的新制度論）、さらに先行研究として人類学者 Eric Wolf, Talal Asad, Saba Mahmood, Hussein Ali Agrama等の非西洋の途上国の文脈で近代国家が様々に作り出す権力の様態の分析が有用であると考えています。したがって、研究対象には、各々の国において、主体および制度の総体としての国家の領域主権性がいかに歴史的かつ社会関係的に構築されているかだけでなく、政治過程が展開する場（political field）や権力関係がいかに有形無形の縛りを通じて構築されているか、さらにそれらと国家と制度がいかに関係しているか（あるいは、していないか）をも含めています。

　本研究計画で対象としている国々（イラン、トルコ、エジプト、パキスタン、インドネシア）は、広義のイスラーム諸国（社会カテゴリーとしてのムスリムが多数派を占める国々）に分類できる国々であり、各国におけるナショナリズムやデモクラシーを含む社会文化的な構築物とイスラームの関係も分析に当たり重要になることも少なくありません。新制度論的接近法は、このような文化的（あるいは観想的）な側面を政治学的な分析に取り込むのにも有効だと考えています。

松永泰行（まつながやすゆき）　計画研究A01代表者

References

Agrama, Hussein Ali. 2012. Questioning Secularism: Islam, Sovereignty and the Rule of Law in Egypt. Chicago: University of Chicago Press.

Jepperson, Ronald L. 2002. "The Development and Application of Sociological Neoinstitutionalism," Chapter 9 of New Directions in Contemporary Sociological Theory, edited by Joseph Berger and Morris Zelditch Jr. (Lanham: Rowman & Littlefield).

Mahoney, James, and Kathleen Ann Thelen, eds. 2015. Advances in Comparative-Historical Analysis. New York: Cambridge University Press.

Mahmood, Saba. 2016. Religious Difference in a Secular Age: A Minority Report. Princeton: Princeton University Press.

Scott, David, and Charles Hirschkind, eds. 2006. Powers of the Secular Modern: Talal Asad and His Interlocutors. Stanford: Stanford University Press.

Soltan, Karol, Virginia Haufler, and Eric M. Uslaner, eds. 1998. Institutions and Social Order. Ann Arbor: University of Michigan Press.

Wolf, Eric. R. 1999. Envisioning Power. Berkeley: University of California Press.