領域代表からのご挨拶

終わらない研究を始めよう

SAKAI Keiko 「私には夢がある」I have a dream.
一昔前、言い尽くされてもはや色あせた感のあるこの言葉を、再び繰り返してみよう、と思ったのは、本領域研究の分厚い申請調書にペンをいれたときでした。
 戦争やテロ、差別、偏見、暴力が世界のあちこちで猛威を振るいつつある今、研究者たちは、この現状に対して何ができるのだろう、何もできないじゃないかという、果てしない挫折感に苛まされてきました。
 30年間以上にわたって中東のイラクを研究対象としてきた私もまた、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、経済制裁、独裁、弾圧、イラク戦争、戦後の無秩序、内戦とも見える宗派対立など、繰り返し繰り返し、多くの人の財産と生活と尊厳と命が破壊されていくのを見てきました。今同じことを、シリアやイエメンやソマリアやアフガニスタンを研究している研究者たちが、感じています。少し前にはバルカン半島やアフリカのさまざまな国や、一部の東南アジアの国々でも、似たような思いが抱かれていたでしょう。
 この不可解で混沌とした世界を、すぐに救うことはできなくても、謎の実態を腑分けし解明するために、研究者が総知を寄せ集める場が作れないものだろうか――。そんな「夢」を漠然と抱いていたところに、本新領域研究のアイディアが浮かんできたのです。
 なぜ人は人と関係を結ぶのか。なぜ、何に反発して対立し、戦い、相手の命を奪うまでに至るのだろうか。さっきまで対立していた人や集団や組織が、なにが原因で行動をともにし、共感しあうのだろうか。
 そんな基本的なことを解明することで、今世界を覆っている対立や紛争の連鎖のメカニズムを把握することができるのではないだろうか。つまり、世界のあらゆる関係性の全体のありようをつかみ取ることによって、対立や差別や破壊の原因を解明できるのではないか、と考えたのです。
 本領域研究が提唱する「グローバル関係学」は、「グローバルな危機」の実態を分析し、予防し、解決することを目的としています。そしてそのために、視野の広い、柔軟な考え方の、さまざまな分野、専門地域の研究者を結集して、彼/彼女らの持てる知、持てる理論をフルに活用します。
 それが私のdreamです。
 野心的すぎると言われるかもしれません。解決策なんて、新しい視座なんて、簡単に見つかるものじゃないさ、と言われることでしょう。
 でも、やるだけの価値のある試みであることは、事実です。目標は、とても遠くてたどり着けないようなものかもしれないけれど、終わらない研究の、少なくとも第一歩を踏み出しましょう。

(領域代表 酒井啓子)